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記録帳

日常の体験と、読書、映画の感想を主に書きます。

初夢と別の人生を生きる小説について

今年の初夢

最近は滅多に夢を見ないのに珍しく見たと思ったら、美人ダンサーになって恋人がマフィアの殺し屋という映画のような設定で、しかも対立する殺し屋に恋人を殺され、自分も追い詰められて「俺のものにならないのなら殺す」と言われ、別に、前の恋人も義理立てするほどには愛してはいなかったんだけどと思いながらも、「へん、死んだほうがましよ!」と啖呵をきって撃ち殺されるという、かっこいいんだか、悲惨なんだかわからないミョーな夢だったので、目を覚ましてから愕然としました。

ひどい夢だと思いながらも、ふと、もしかしたらそれは私の心の奥底の願望なのかもしれないなと思いました。だってすっごい美女なんです私(もちろん夢の中で)。自由奔放、贅沢三昧、宝石買い放題なんです。スリルとサスペンス・・・・全部私には欠けているものです。ちょっといいなあと思ったら、ふと、でも夢の中では「こんな宝石なんてホントはいらないんだけど・・・」とか、「この人やさしいけど、ホントは残忍な人なのよね。」とか思っていたことを思い出し、ひょっとすると、夢の中の美女は「不細工で貧乏でもいいから平穏無事な生活を送って天寿を全うしたい。」と願ったのではないかと思いました。私が彼女の夢を見たのではなく、彼女が死に際に見た平凡な生活が私の今の世界かも・・・・

 

というのはなんだっけ、・・・・そーだ、胡蝶の夢というのではなかったか。

 

恒川光太郎「スタープレーヤー」「ヘブンメイカー」

アーシュラ・K・ル・グィン「世界の誕生日」

というようなミョーなことを考えたのは、多分、年末に読んだ本の影響だと思います。

一つは、恒川光太郎「スタープレーヤー」と、その続編の「ヘブンメイカー」

スタープレイヤー (単行本) | 恒川 光太郎 | 本 | Amazon.co.jp

ヘブンメイカー スタープレイヤー (2) | 恒川 光太郎 | 本 | Amazon.co.jp

もう一つは、アーシュラ・K・ル・グィン「世界の誕生日」

Amazon.co.jp: 世界の誕生日 (ハヤカワ文庫SF) 電子書籍: アーシュラ K ル グィン, 小尾 芙佐: 本

 

恒川光太郎「スタープレーヤー」もの2冊は、平凡な人間が、宇宙人主催の福引に当たって、別の世界で「10の願いが叶う」スタープレーヤーになるというおとぎ話によくあるようなシチュエーションなんですが、「つまらないことを願ってそれを収拾しているうちに願いを使い果たしてしまう」というようなありがちな笑い話に落ちてなくて、どんどんと話が壮大になっていくのでおもしろくて読み始めたら止まらなくなります。もろロールプレーイングゲーム状態なんですが、人間の欲望や、戦争や、宗教や統治制度などについてつくづく考えさせられました。私は「夜市」以来、恒川光太郎のファンです。

最初の主人公は、人生に疲れた30代バツイチの女性です。彼女が最初に叶えた願いが、「美人に変身して、宝石や砂金が転がる小川と自給自足の生活のできる畑のある広大な庭園と元の自宅を持ってくる」というもので、ここで彼女は機嫌よく暮らしているのですが、次第に外の人たちと交流するようになり、やがて、願いをもっと多くの人のために使うようになるのです。

この世界には他にも様々なスタープレーヤーがいて、中には奴隷として使うために地球から人を呼び寄せていたりするような利己的な人もいるのです。死者を蘇らせることさえも可能なので、次の「ヘブンメイカー」では、恋人を殺されて絶望していた主人公がスタープレーヤーになり、死者を蘇らせた町を作ります。

もし、自分がそんなすごい力を持てたら・・・とつい妄想してしまいますが、いくら考えても、私も最初の主人公くらいのことしか思いつきません。食料、水、エネルギー、花、持続可能な自給自足生活ってとこです。どんなに多くのことが可能でも、スタープレーヤーの器がちっちゃいと、ショボイ・・・または酷い世界しか実現しないんです。

主人公たちは、神のごとき力を持っているわけですが、その使い方を学んでいくうちに、だんだんと無欲になっていくんです。人間はたった一人では生きていけないし、社会を維持するためには大勢の力が必要です。みんなが幸せな生活ができなくては社会は長続きしません。絶対君主になって奴隷を駆使するよりも、民主的な社会でみんなといっしょに汗を流して働く方が幸せで自由なのです。

2冊とも昨年読んだ本の中で多分ナンバー1の面白さでした。

 

ル・グィン「世界の誕生日」は私たちの世界とはまったく違った文化や習慣を持つ、いろいろな世界についての短編集です。私たちの世界との差異が最初から説明されているわけではないので、読みにくくってわけがわからないのですけど、読んでいくうちに、その世界に独特の制度の中で悩み、苦しみながら成長していく主人公たちに共感を覚えるようになります。

たとえば、男性が極端に少ない世界で、彼らは種付けにだけ利用されるため社会から隔離され、「城」で暴力的君主の元、ひどい扱いを受けながら生きています(「セグリの事情」)。反乱が起こって主人公が城から郷里の実家へ帰ってきますが、彼に居場所はないのです。男はスポーツや娯楽に関することだけができればよいとされていて、大学にさえ通えないし、農夫や大工や料理人、警官や役人のような責任のある仕事からは排除されているのです。「えー、これって、かつてのこっちの世界の女性差別の裏返しじゃないの。」と、私たちはその理不尽さに愕然としますが、何百年も続いた制度はなかなか変えることができません。

ホロニュースを見るたびに、男性の生来の暴力性や無責任さ、社会的政治的な意志決定に参加するには生物学的に不適格であることなどを語る女性が必ず登場しているようだった。ときには、男性が同じことをいっていることもある。

だって・・・・。言葉を多少入れ替えるとどっかで聞いたことがあるような・・・。

 

また、奴隷制度をめぐる戦争が起こっている世界(「古い音楽と女奴隷たち」)では、他の星からきた外交官が合法政府(守旧派)に捕らえられ、農園の廃墟でひどい拷問にかけられます。「蹲踞檻」という奴隷を見せしめに拷問するための檻に入れられて死にかけ、危うく一命をとりとめますが、彼は自分は奴隷のようだと感じ、壮麗な庭園の美が奴隷たちの「苛酷さと悲惨さと苦痛の上に築かれたものだ」ということがやっと見えるようになります。それまで彼は、多少反乱軍に同情的だったけれども、奴隷制の上に築き上げた豊かな社会を当然のものと思っていたのでした。

こっちの世界と違うのは、あっちの支配階級は肌が黒く、奴隷たちは白いのです。しかし反乱は混迷を深め、もはやどちらが優勢なのかもわからない。そして主導権を握った時にやることは一緒なのです。殺戮と混乱、そして最終兵器への欲望・・・。このあたり、いくつもの過去の戦争やら、中東の混迷やら、いろいろと思い起こさせて、「あー、人間って情けないなあ」としみじみ思います。

 

それからおもしろかったのは、第二の地球をめざして旅をする宇宙船の話です。(「失われた楽園」)地球から目的の星まで約6世代、その後6世代を重ねて帰って来れるほどの物資と設備が備わったすごい宇宙船なのです。ところが、代を重ねるごとに地球の記憶は薄れ、奇妙な宗教が発生して、その聖職者である天使たちは権力を持ち、教育をも操作して「星に到着することではなく、旅を続けることに意義がある」みたいに持っていこうとするのです。たとえ旅の途中で死んだとしても、魂は永遠の至福に導かれるのだからと言って。

確かに、元の世界は、争いや貧困、恐怖や苦痛に満ちていました。宇宙船の中にはそんなものは存在しないのです。それに果たして目的の惑星に到着した時、生まれてから一度も大地を踏んだことがなく、太陽や雲を見たことがなく、飢えや渇きを経験したこともない人々が、危険で不潔で騒々しい地上に降り立ち、生きていけるのでしょうか。

選択は個人に委ねられます。多くが外の世界に恐怖を感じて船に留まり、そして再び旅立ちますが、勇気を持って新世界に降り立った人々もいました。そして生き抜くのです。未知のものに一つ一つ名前をつけ、ゼロ年代の子供を産み育て、かつてバーチャルリアリティーの中でだけ存在したものを実感しながら。

もはや楽園は永遠に失われてしまっていますが、その代わり、ここでしか感じられない「よろこび」があるのです。

 

私ならどっちを選択するかな?と考えましたが、いくら考えても結論が出ません。「ヤブ蚊には耐えられない。絶対楽園の方がいい。」「でも、閉鎖空間にも耐えられない。庭がないと、庭が。」「地上で文明を築いて、楽園のような社会を造りあげる、というのがベスト。」「だけど私なんかすぐに死んじゃうに違いない。命あっての物種っていうし。」「あー、スタープレーヤーになりたい!・・・ってそれ別の小説だし。」

やっぱり、ル・グィンはすごいです。