記録帳

日常の体験と、読書、映画の感想を主に書きます。

神も仏もあったもんじゃねー!というお話

母の交通事故

 

過去に遡りますが、実家の母が昨年の暮れ、交通事故を起こして入院しました。

いえ、正確に言うと、「外出先で脳梗塞を起こし、急いで帰る途中いよいよ気分が悪くなったので路肩に停車しようとして間違えて前の車に追突した。」ということです。

脳梗塞を起こしていたということは後からわかりました。一旦家に帰った後、様子が変なので再度病院に行って検査をし、その場でストレッチャーに乗せられ緊急入院したのです。

私はもう、大変でした。

本人はICUに入って脳梗塞の治療をしていて記憶も定かでない状態ですから、警察、保険会社、追突した車の被害者と対向してきてぶつかったトラックの会社、親戚、ご近所とあちこちに電話をかけまくり、駆けずり回りました。

今は、ムチ打ちの症状も少しづつよくなり、脳梗塞も日常生活に支障がないくらいまでには回復しました。

 

もう、交通事故って後始末が大変です。

退院してから後のことですが、警察の調書なんて、傷害事件の調書とおんなじで、事故の状況はもちろんのこと、生い立ちから家庭環境に至るまで、朝から午後いっぱいまでみっちり事情を聞かれました。

その前には実地検証で、当日の家から出先、そして事故現場と、距離を測る装置のついた車に同乗して、要所要所で道端に立っているところを写真に撮られました。本人はネジが一本抜けてるような訳わかんない状態ですから私が付きっきりで、密かにため息をつきながら悲嘆に暮れてついて回りました。

行政処分は免許停止2年ということで、それはまあ、一向にかまわないんです。母も高齢ですからそろそろ免許の返納をしようと相談していたところでしたから。しかし、あのど田舎です。日々の買い物にも困っているというのに、呼び出しを食う度にタクシーを呼んで隣町まで行かなくてはいけないんです。

しかも、本人、被害者意識丸出しで、「なんでこんな面倒なことをしなくてはならないのか。踏んだり蹴ったり・・・」とブツクサ言い通しです。事故の記憶がないものだから、入院中は「トラックがぶつかってきて私の車はぺっちゃんこ。」と親戚に言っていたのです。「いや、いや、いや!あなたが停車していた前の車にぶつかり、その衝撃で反対車線に飛び出して、対向してきたトラックの脇腹に衝突して止まったんですよ。」と、何度訂正したかわかりません。いちいち付き添わなくてはならない私こそ踏んだり蹴ったりです。

まったくもう、・・・・・・なんというか、あまりに罪の意識がないもんだから、私もだんだん腹が立ってきました。今まで40年以上無事故無違反で安全運転してきてゴールド免許持ってたのに、最後の最後にドカン!ですからね。

「今までの品行方正ぶりは帳消しだね。」と言っちゃいました。

 

近くで死亡事故

 

ちょうど母が事故をした後、現場の近くで交通事故が相次いで起こり、びっくりしました。

そのうち一件は、20代の若い男性の車が、反対車線に飛び出して、家族4人が乗っていた車に正面衝突し、男性は死亡、家族は重軽傷でみんな入院という悲惨な事故でした。

ちょうど私たちが警察で調書を取っていた時、その事故で入院中の家族の身内の方がやって来て、「相手の方から侘びの電話1本掛かってこない。どうなってるんだ!」と大変な剣幕で対応の警察官に苦情を言っていました。

「お宅の連絡先は確かに伝えています。お気持ちはわかりますが、あちらも息子さんが亡くなられて気が動転されているのでしょう。」などと対応の方は言われていましたが、私は、事故の本人が死んでしまっていろんな後始末をしなきゃならなくなったご両親の悲嘆を思うと、とても他人事に思えなくてぞっとしました。それに、もし補償問題がこじれてしまったら・・・・

 

うちの場合、運良く、母は奇跡的に打ちどころがよくって助かった上、追突してしまった前の車の男性は、それはそれは良い方で、自分のことよりこちらの方を気遣ってくださるくらいでしたし、保険がJAの共済で、補償は手厚く、新車を買おうと思ったら買えるくらい出たし、相手方にも十分なことができたようでした。

 

やっと落ち着いた今は、「運がよかった」と言えるのですが、これが一つまかり間違っていたらきっと大変なことになっていたでしょう。

 

で、「神も仏もあったものか」というのは別の問題なんですが、疲れたので次回に続きます。