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記録帳

日常の体験と、読書、映画の感想を主に書きます。

NHK「ダウントンアビー」シーズン4

最近、やっと面白さがわかってきました。

性悪女の侍女、オブライエンさんが唐突に屋敷から出て行くところ(顔は見えず)から始まった「ダウントンアビー」シーズン4。

 

実のところ、最初はあんまり面白いドラマだとは思っていなかったのです。

「貴族が何しようと、どーでもいいじゃん。」てなもんでした。

悪役がいなくなって、シーズン1よりもさらに面白くなくなるかと思っていましたが、第一次大戦によって社会が大きく変化し、貴族たちも否応無しにそれに適応していかなくてはならなくなってきている様子がなかなか興味深いです。

一目でわかるように、大戦前、コルセットをしていた女性たちが、ゆったりとした優美なドレスを身にまとうようになっています。若い人たちは階級社会に反発し、もっと自由に自分の意志を貫いて生きたいと思っていて、そのような風潮があらゆるところにジワジワと押し寄せてきているのですが、貴族たちは必死でそれに抗っています。

 

現代では貴族の称号と実態とのギャップが戯画化されている

私は、以前からイギリスの小説を読んでいてとても不思議でした。貴族が経済的に困窮し、農夫以下の暮らしをしているといったようなシチュエーションがしばしば出てきていたのです。

例えば、イギリスの片田舎で獣医をしているエリオット先生の自伝的な小説(「エリオット先生奮闘記」)では、伯爵は豚飼いなのです。死んだ豚をと畜場に売りに行ったところ、ヨレヨレのオーバーオールを着てオドオドしているものだから、「とっとと失せろ、このぬけ作め!」と罵られるという場面が出てきます。その気弱な伯爵は、夜通し豚の治療をしたエリオット先生に感謝して、自ら朝食を作って振舞うのです。早朝なので、使用人を起こしたくないと言って。

また、タイトルは忘れてしまいましたが、貴族のある一家を描いた小説では、館の女主人は民宿をしてなんとか生計を立てていますし、その孫娘は料理人の学校を出て、都会でケータリングサービスの仕事をしています。この家はなんとか乗り切った方ですが、親戚の貴族たちはみんな零落していて、屋敷や農地を守るためにすっからかんになっています。従兄弟なんか背広を買うお金もないのでいつもボロの作業着を着ています。そんなところに、富豪と結婚してお金持ちになっていた不肖の妹が帰ってきてみんなを救うというお話だったと思います。

追記:検索をしたところ、どうやらロザムンド・ピルチャーの小説のようです。しかしそれはスコットランドが舞台で、ストーリーもかなり記憶違いがあるかも・・・

 

アメリカから大金持ちの花嫁がやってきて貴族の財政を救うというのは「ダウントン」の時代の流行りだったようですね。

NHKドキュメンタリー - BS世界のドキュメンタリー選「海を越えたアメリカン・プリンセス 第1話」

 

ピケティ教授の講義をTVで見ていて唯一理解できたこと

それらの小説を読むにつけても、イギリスでは革命が起こったわけでもないのに、なんで彼らは一様に没落してしまったのかと常々不思議に思っていたのですが、昨年、ピケティ教授の「パリ白熱教室」を見てハタと理解しました。

相続税です。(まあ、所得税もあるけど)

 

これを見てください。

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(出典 ブログ「銅のはしご」より)

イギリスの相続税最高税率は1920年代から10年毎にぐんぐん上昇し、1950年から1980年頃までは、なんと80%前後になっているではありませんか!

びっくりです。

そりゃあ、広大な領地や屋敷を持っていれば、莫大な相続税を払わなくてはなりません。美術品や宝石、骨董などの評価額だって相当なものでしょう。総資産の80%!って、そりゃあ無茶でしょう。

株や債権などは第二次大戦で紙くずになってしまってるでしょうから、相続税を払おうとすれば、借金をするか、家や土地を売り払うか、それとも他の売れるもの全てを売り払うか、いずれにしても選択肢はあまり多くないはずです。家屋敷を守れば丸裸になり、もはや貴族としての体裁なんて繕うことさえできなくなるのです。貴族が没落するはずです。

「ダウントンアビー」でも、伯爵が税金の支払いに頭を悩ませる場面が出てきますね。このあと、更に悩ましい事態になることでしょう。

 

この時代(1920年代)は、ピケティ的には理想的な方向に向かってるってこと?

私は深く納得しました。イギリスで保守党を支持するか労働党を支持するかということは生死に関わることなんですね。貴族たちが生き延びるためには、選択の余地なく所得税相続税を軽くしてくれる政治家を選ばなくてはならないんです。(つまりそれが70年代ではサッチャーさんだったってことですね)

あんな強固な身分制度がある国で革命が起きなかったのは不思議ですが、イギリスの貴族たちは血みどろの革命ですべてを失うくらいなら、税による再配分の方がマシだと譲歩したからなのでしょうか?でも、これでは革命が起こったのと同じくらいの社会的変革があったということではないですか。

ダウントンで、伯爵の三女と結婚して、今は領地の管理人をしている元運転手のトムは、自分の政治信条と立場とのギャップに悩んでいるようですが、甘いですね。もうすぐ、何もかもひっくり返って、守銭奴になって土地を守るか、何もかもなくしてしまうかという過酷な時代が来るのです。

 

貧乏人にはわからない世界ですが・・・

最初、貴族って優雅ではあるけれど、礼儀作法にがんじがらめになっててなんて窮屈な世界なんだろうと、見ていてウンザリしていましたが、つまりあのドラマは、既に滅び去ったものたちへの懐古と哀惜の物語なんですね。

映画「クイーン」の中で、エリザベス女王が仕留められた鹿の前で泣く場面があります。狩りで自分がわざと逃がしたのに、隣の領地に逗留していたハンターに仕留められてしまった大鹿をわざわざ見に行ったのです。狩りはもはや貴族の遊びではなく、裕福なお客(成金)が泊まり込みで来てお金を落としてくれるための大事なイベントになっています。吊るされていた大鹿は、まるで滅び行く貴族階級(または古きよき時代)の象徴のようではありませんか。女王が泣くはずです。

追記:泣かなかったかも・・・・

 

貧乏人が昔どれだけ悲惨な生活を送っていたかみたいな物語は、今までいっぱいありましたが、そんなのはみんな飽きてしまって誰も見たくないんです。ディケンズなんて全然面白くありません。

「ダウントンアビー」は、「クイーン」同様、今まで雲の上で優雅な生活をしていた人たちが、時代の変化に翻弄されてどのように悩み、苦しみ、生き抜いていったかという、ぶっちゃけた話なんだとやっとわかった今日この頃です。

(遅すぎ!)