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記録帳

日常の体験と、読書、映画の感想を主に書きます。

キャロル・オコンネル「マロリーの神託」

連休は読書三昧をして過ごしました。

夫は旅行好きで、休みの日には必ずどこかに行かないとストレスが溜まって死にそうになる人です。ところがここ数年、私がどこにも行こうとしないものだから、以前はヤイノヤイノと言っていましたが、最近はすっかり愛想を尽かし、一人でツアーを予約して勝手に行くようになりました。という訳で、ここ4日ばかりどこだか知りませんが旅行に行っていて留守なので、私は心置きなく夜更かししてミステリーを読みふけったのでした。

 

先日、Amazonで読むものを探している時、キャロル・オコンネル「陪審員に死を」(創元推理文庫)に目が止まりました。説明を読んでびっくり!なんと、刑事キャシー・マロリーシリーズの最新刊というではありませんか。

絶版になった竹書房「マロリーの神託が、創元推理文庫「氷の天使」と改題されて出され、その後もシリーズが続いていたってことを、この時初めて知ったのでした。

「マロリーの神託は、強烈な印象を残す作品でした。1994年に出ていますが、私が買ったのも多分その年です。度々の本棚整理にも生き延びてついこの間まであったのに、とうとうこの春、やけくその断捨離で手放してしまいました。残しておけばよかった。

この本がシリーズになっているとは露知らず、常々、マロリーがこの後どうなったのか知りたいものだと思っていましたが、やっと望みが叶うわけです。という訳で、わくわくしながら早速Amazonマーケットプレイスでシリーズ第2作「二つの影」(竹書房創元推理文庫では「アマンダの影」と改題)と第6作「吊るされた女」(創元推理文庫を買って読みふけりました。最高です。

マロリーはクール

この小説の文体は決して読みやすくありません。なんだか勿体ぶっているっていうか、人を見下して遠まわしに皮肉っているようなところがあって、何を言っているのかすぐにはわかりません。それに登場人物が多すぎてすぐに誰だかわからなくなります。いつもだったらすぐ投げ出してしまうところですが、ちゃんと読み切って、さらに20年もの間忘れずにいたわけは、それほど主人公が魅力的だったからです。強烈過ぎるのです。

 

マロリーはストリートチルドレンでした。刑事のルイ・マーコヴィツが捕まえて来て育てたのです(犬みたいな言い方ですが)、とても頭がよくて、恐ろしいほどの美人です。過酷な状況を生き延びてきたため、盗みを全然悪いことだと思っていなくて、それはいくらマーコヴィツや妻のヘレンが言って聞かせてもだめなんです。ヘレンが泣くので、見てわかるような盗みはしなくなりましたが、もっと巧妙に、どうやらパソコンを使ったハッキングによって大金を掠め取っているらしいのです。夫婦はこの子によい教育を与えようと、私立のお嬢さん学校に入れますが、マロリーは全然馴染みません。完全に周囲から浮いていましたが、本人はそんなことはまったく頓着せず、一匹オオカミで我が道を行き、長じてからは養父と同じに警官になったのでした。

警官の給料では決して買えないオーダーメイドのスーツ、高級ブランドの時計、高級アパートと家具。誰がどう見ても悪いことをして稼いでいるようにしか見えないのですが、誰もそれを咎めません。みんなマロリーを怖がっているのです。何が怖いかって、彼女の仕事は、コンピューターを使った情報収集なのですが、どうやって入手したかわからないようなディープな貴重情報で捜査に貢献しているのです。その気になれば、気に食わない人間を破滅させることなんて簡単にできるのです。それをやらないのは別に良心が咎めるからとかじゃなくて、ただ、「同僚を売るな」という養父のルールを忠実に守っているからに過ぎないのです。しかしそれ以前に、咎めたりすれば銃で撃ち殺されるかもしれません。マロリーには共感性というものが欠如しているので、多分人を殺すこともまったく躊躇しないでしょう。彼女が目の前に立ちふさがるだけで人は脅威を感じるのです。

よく、「犬に育てられたトラ」とかがTVに出てくるじゃないですか。あんな感じです。犬は仲間だと思っているから食べないんだけど、本当はたった一口で咬み殺すことができるのです。だから上司や同僚はマロリーに本能的な恐怖心を抱いていて、言うことを聞かざるを得ないのです。こういうの、なんて言うのだったっけ?とずっと思っていましたが、今回「社会病質者」という言葉が出てきてやっとしっくりきました。マロリーは危険な人なんです。あのまま放っておいたら、きっと裏社会の大物になって、社会の脅威となったことでしょう。もしかしたら国際的な犯罪組織を作り上げて、世界中でテロや内戦を引き起こしていたかもしれません。それほど賢く、冷酷で、特別な存在なのです。危ないところでした。マーコヴィツと妻のヘレンが、愛情を注いで育て導いたおかげでマロリーは、反社会的な存在にならずに済んだのです。そして今、羊の群れの番をするオオカミのごとく、警察に勤めて殺人の捜査をしているのです。

なんてクールなんでしょう。

このシリーズの魅力

この小説、アメリカやイギリスでベストセラーになっていたのですね。検索して初めて知りました。

キャロル・オコンネル - Wikipedia

今回気付いたのは、シリーズが進むにつれて徐々にマロリーの過去が明らかになってくるってことです。それぞれの殺人事件の真相だけではなくて、「マロリーはどこからきたのか」、「なぜホームレスになったのか」、「どんな経験をしたのか」などという本人がひた隠しにしている謎が、相棒のライカーやチャールズによって少しづつ明かされてくるのです。あ、こういうのって、米TVドラマの刑事ものにもよくあるなあ、とピンときました。一話完結で事件は解決するのだけれど、全編を貫く大きな謎が一つあって、それはちょっとづつしか解明されないので、マンネリだけど続きを見ないではいられないんです。

マロリーの場合、事件の謎と同じくらいに過去の事実が衝撃的なんで、次を読まずにはいられないのです。巧妙ですね(作者が)。

 

「吊るされた女」では、ストリートチルドレンだった10歳のマロリーが、二流ウェスタン小説のシリーズを、娼婦たちに朗読させていたという逸話が明らかになります。古本屋から一冊づつ「借りて」きたその小説を、「読んでちょうだい。」と頼んで毎晩一時間づつ読んでもらうのです。最初は高価な品物をお礼に渡しますが、それ以後は無報酬です。でも、娼婦たちは続きが知りたくて、読まずにはいられないのです。最後に差し掛かったらマロリーは今度は別の娼婦のところに行って読ませ、次の巻に移るので、彼女たちはその後何年も主人公がどうなったか気になって気になって仕方なく、マロリーが消えた後、みんなで集まって、物語を繋ぎ合わせたくらいでした。なんて巧妙なんでしょう(マロリーが)。

20年前の事件を模倣した連続殺人というメインの事件、その被害者の一人である娼婦とマロリーが関わった昔の殺人事件、そして、マロリーが朗読させていたウェスタン小説のストーリーが、同時進行で徐々に明らかになってゆきます。ヘボ小説に違いないんだろうけど、マロリー自身の境遇とも奇妙に呼応しているようなその小説のあらすじを、私も是非知りたいという気にさせられました。もちろん、子供の頃の事件の真相もです。ああ、こういうのが作者の目論見なんだ!と読み終わってハタと気づきました。入れ子型構造で、この物語の中毒性を解き明かしているんですね。

 

マロリーの孤独は強いからこそ

さらに今回気付いたのは、マロリーの孤独になぜか共感をおぼえてしまうってことでした。

マロリーはものすごく頭がいいので、大抵の同僚や上司は彼女の考えていることが理解できません。ただ、彼女に言うことを聞かせることは絶対にできないので、勝手にさせているだけなのです。そして大抵、彼女の行動は正しくて、事件を解決に導くのです。バカな人はどんなに説明してもだめなので力業で排除します。実にクールです。

こんなふうに周囲を従わせて我が道を行ければいいですよねえ。でも、大抵現実はどんなに正論を言ってもダメなんです。わからない人はわからないし、普通は周囲と折り合いをつけなくては生きていけないから黙ってしまう。マロリーみたいに、別に人に理解してもらわなくても全然構わないというほどの実力を持っていればいいですよねえ。

あ、そうか、アメリカなんかでベストセラーになったのは、バカな夫や上司や同僚に悩まされ、不本意ながらも愛想笑いをして生きている女性たちが、「マロリー、カッコイイ!」とシビレたからなんだな、と思いました。あんなふうに強く、賢ければどんなにいいでしょう。孤独でもへっちゃらなほどの強さがうらやましい。

 

マロリーはサバイバーなのです。一度なんて、スナッフビデオの製作者に誘拐されて殺されそうになったこともあったのです。危険で過酷な環境を生き抜いてきたために、むやみと人を信用しないし、感情を表に出さない、そして常に警戒する人間になったのです。当然、善悪の基準も普通の人とは違ってきます。なんてカッコイイんでしょう。

 

当分、このシリーズの読書三昧は続きます。

 

追記:創元推理文庫「氷の天使」(第一作)を買って読み返したところですが、ストーリーを完全に忘れてしまっていました。賢過ぎ、強烈過ぎる登場人物ばかりで、マロリーのことを忘れてしまいそうな勢いです。事件は複雑で容疑者多すぎ。

大金持ちの老婦人ばかりが殺される事件を追っていたルイ・マーコヴィッツが殺されるところから始まるんです。ライカーはよく、マロリーには心がないとか言っていますが、そんなことは全然ありません。彼女は、ルイがダンスをしているビデオを繰り返し見ながら、号泣するよりももっと哀切に、父の死を悼んでいたのでした。

それに比べれば、インサイダー取引で大儲けして大金持ちのくせに、極貧の従姉妹を全然援助してやらない老婦人とか、少年を奴隷のように束縛している偽霊媒師とか、善人面して実はとんでもなく危険なあの人とか、この人とか、心がないとしか思えないようなひどい人がいっぱい出てきます。ルイの仇を打つため、激情に駆られて撃ち殺しても不思議でないのに、冷静に彼らが自滅するよう仕向けるなんてやっぱりマロリーはカッコイイ!