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記録帳

日常の体験と、読書、映画の感想を主に書きます。

映画DVD 「悪童日記」

悪童日記」が最高でした

TUTAYAのレンタルDVDの準新作コーナーで1本しか並べてないDVDは、あまり借り手がいないってことで、たいてい駄作なんですが、中には傑作もあります。

「NO」もそうでしたし、昨年見た「ハンナ・アーレント」なんかもそうでした。

あまり格調高いのは流行らないってことなんでしょうか。

悪童日記も、原作は名高い小説だからきっとその類に違いないと思って借りてみたら、やっぱり当たり!傑作でした。

いや、今年見た中で最高のDVDじゃないでしょうかこれ。

亡命作家ベストセラー映画化、双子の少年が記した戦争『悪童日記』|「戦争が無垢な子供から何を作り出してしまったのか」ヤーノシュ・サース監督インタビュー - 骰子の眼 - webDICE

詳しいあらすじはこのブログ

悪童日記 : キネマの方舟

 

私は原作は読んでいませんが、映画は原作と少し違っているようです。でも映画だけでも作者が何を言いたかったのかはわかります。

 

〈あらすじ〉

父親が戦争に行って、母は田舎の祖母に双子を預けるのですが、その祖母というのがひどい人で、罵詈雑言を浴びせながら双子をこき使い、ご飯もろくに与えないのです。

双子は強くならなくてはいけないと考えて、いろんな鍛錬をするようになります。例えば、お互いを罵りながらベルトで打ち合うとか、ご飯を食べないで何日も我慢するとか・・・。祖母の罵倒そのままに「ろくでなし!」「メス犬の子!」などと言い合っているのを見るだけで私はかわいそうで胸が潰れそうになりますが、祖母は平気なのです。飢えに耐える鍛錬をしている二人の前でわざとニワトリを潰して食べて見せたりする。

そして、かわいそうなのは二人だけではなく、人々は飢えや空襲で容易に死ぬし、祖母の家の側にはドイツ軍の強制収容所があって、煙突からは煙がモクモクあがっています。物語の中では言及されませんが、どれだけの人がそこで殺されたことでしょう。死は珍しいものではなく、必死に生きる努力をしないとすぐに死んでしまう世界なのです。二人は死に慣れようと虫や小さな生き物を殺し始めます。

隣の家には兎口の女の子がいて、泥棒や物乞いをして母親を養っています。最初双子はひどい目に合わされますが、女の子に一目置くようになって一緒に大道芸や泥棒をするようになります。母親にもらった聖書には「汝~する勿れ」と書いてありますが、だれもそんな決まりを守ってはいません。生き延びるためには盗んだり、殺したり、姦淫したりしなくてはならない世界なのです。女の子は司祭に「あそこ」を見せたらお金をくれるというので二人は司祭を脅迫してお金をせしめます。冬が来てしもやけができるので暖かいブーツが欲しかったのです。靴屋でブーツを買おうとするとお金が足りませんでしたが、二人に同情したユダヤ人の靴屋はタダで二足のブーツをくれます。

司祭館の手伝いの女性が双子を気に入って呼び寄せ、ペットのようにチヤホヤしますが、その時外ではユダヤ人の連行が始まります。それを見た女性は、きれいな顔に似合わないひどい罵声を浴びせ、ユダヤ人の靴屋のことを密告するのです。靴屋は銃殺され、双子は怒って女性に復讐します。森の中で凍死した逃亡兵が持っていた爆弾を、司祭館のストーブに仕掛け女性に大怪我を負わせたのです。警察に連行された二人はひどい暴行を受け、引き離されて危うく罪を認めそうになりますが、そこに顔見知りのナチの将校がやって来て、警察署長を撃ち殺し二人を助けます。

空襲が激しさを増し、母親が二人を引き取りに来ます。その腕には赤ん坊が抱かれ、どうやら母はドイツ人将校の愛人になったようなのです。二人は行くことを拒絶し、母親は家の前で爆弾に直撃されて死にます。二人は強くなるために母の手紙を燃やし、忘れるという鍛錬をしていたのです。だから母を客観的に見ることができた。母が人にすがらなくては生きていけない弱い人間だってこともわかったし、そんな人について行ったってロクなことにはならないと思ったのです。

隣の家の娘は、ソ連軍がやってくると大喜びで歓迎しますが、暴行されて死んでしまいます。その母親は嘆き悲しみ、「死んだほうがましだ」と言うので、双子は望み通り家に火を付けて死なせます。なんてことでしょう。普通、ナチスドイツは侵略者で、ロシア軍は開放者だと思うじゃないですが。でもどちらも殺戮者には変わりないんです。どこに行っても救いのない世界です。

体が弱ってすっかりおとなしくなった祖母は、二人を信用するようになり、「もしも自分が二度目の卒中を起こしたらこの毒薬を飲ませておくれ」と言います。そして二人は祖母の望み通りにします。もはや、何が善で何が悪かわからない世界。二人は自分たちの基準で行動するのです。

父親が帰ってきますが、全く役に立ちません。ドイツ軍に従って戦った父親はソ連の支配下で身の危険を感じ、鉄条網を乗り越えて西側に亡命しようとします。双子は、案内すると見せかけて、地雷原を乗り越えるための足場として父親を利用します。一人はその死体を踏みつけて向こう側に行き、もう一人はこちら側に残るのです。この驚愕の結末に私はしばし呆然としました。なんで?・・・引き離されるのは死ぬほど辛いって言ってたじゃないの。いや、その前に父親を殺してもいいの?

でも、考えているうちにわかりました。それは二人にとって、最後の鍛錬だったのです。死ぬほど辛いことでも乗り越えていかなくては生きていけないとわかっていたのでしょう。これから誰にも頼らすに生きていくためには強くならなくてはならない。強くなるためにはお互いを頼みにしていてはいけないのです。なんて辛く、そして潔い別れでしょうか。

でも、ここまで強くなれる人がどれだけいるでしょうか。最強ですね。あの時代の、混沌として理不尽で非情な世界に適応するとこうなるってことなんだろうなあと思いました。ちょっと、あの二人が羨ましく思えました。

 

追記

「大事なものを最後の一つまで捨てた人間は強いなあ」と思いました。

 ドイツ軍が侵攻して来てそれに従わなくてはならなくなり、でも敗れ去って今度はソ連に占領され、さらに鉄のカーテンができて西側と東側に別れ、子供の目から見たら訳がわからない世界ですよね。ドイツは信用できない、ソ連も信用できない、母にも裏切られ、唯一の希望だった父も腑抜けに成り果てている。信用できるのは双子の片割れだけ・・・。なのになんで別れてしまうのでしょうか。

二人は強い絆で結ばれていて、自分の命と同じくらいお互いのことを大事に思っています。だけど、そのように大事な人がいるってことは有利でもあり、不利でもある。現に二人が警察に捕まった時、引き離されてお互いを人質にされそうになったではありませんか。また、母親は、双子を諦めることができなかったために、逃げ遅れて爆弾にやられてしまったのです。諦めて逃げていれば今頃生き延びていたはずです。最初に父親が「双子は目立つから引き離そう」と言いましたが、確かにカッパライをするにしても双子だとすぐに捕まってしまうでしょう。生きるよすがである存在が同時に足枷にもなりうるのです。そのような過酷な世界に生きているのだと二人は自覚したのです。だから別れることが最後の試練だと分かっていたのでしょう。すごい子達だなあと思います。

そして、ふと、もしかしたら私たちが生きている世界も本質は大して変わってないのかもしれないと思いました。つまり、混沌として、理不尽で、非情なのです。そして誰も頼りにならないってこと。

そんな世界に生きているのだって、もっと昔に気がついていたら、私も挫折や失望を感じることなく淡々と生きて来れたでしょうに。もっと若い頃に原作を読んでいればよかった。

だから文学って大事なんでしょうね。