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記録帳

日常の体験と、読書、映画の感想を主に書きます。

ミステリー  マイケル・シェイボン「ユダヤ警官同盟」

「境界線の知者」

NHK 100分de名著「旧約聖書を見て思い出したことのもう一つは、ユダヤ警官同盟」(新潮文庫の中で描かれたハシディズム派のことです。

 ハシディズムとは、ユダヤ教徒の中でも特に厳格に伝統を守ろうとする人たちで、いわば超保守的なユダヤ教徒とも言えます。服装からして独特で、アメリカのドラマや映画などでときどき見かけますよね。

 

ユダヤ警官同盟はアラスカのシトカという都市に、亡命ユダヤ人たちの住む「シトカ特別区」が存在しているという設定になっています。実際にはそんなものはありませんが。

第二次大戦中、迫害を受けて世界中からアメリカに亡命してきた大勢のユダヤ人を、この特別区に受け入れたのが始まりということになっています。さらに、中東戦争に破れたイスラエルからも(!)大量の難民が押し寄せ、ここは狭い地域に人口320万がひしめいて、一種独特な文化の根付いた街となっています。

つまり、この世界ではイスラエルは建国に失敗し、未だユダヤ民族の悲願は達成されていないのです。恐るべき世界ですよね。こういうのを「歴史改変小説」というのだそうです。

この「シトカ特別区」は後2ヶ月程でアラスカ州に復帰し、なくなってしまうってことになっています。そしてユダヤ人たちの多くは、エルサレムの神殿復活とイスラエルの建国を信じて続々と彼の地に旅立ち、街は浮き足立っています。そんな中、縮小されつつある特別区警察の刑事ランツマンは、安ホテルで殺された男の捜査をします。殺された男の素性を探っていくと、なんと、それは救世主だったのでした。

 

私たちは、救世主と言えばイエス・キリストのことだと思っていますが、それはキリスト教徒の話です。ユダヤ教ではイエスを救世主と認めていません。当然のことですが、「キリスト教」とは、イエスを救世主とする宗教です。(ですから、余談ながら文鮮明がメシアを自称する「統一教会」はキリスト教ではありません。)ともかく、ユダヤ教では救世主は未だ現れてないってことになっています。おおむね。

それで、この小説では、せっかく現れた救世主がやっぱり殺されちゃうんです。なんだか事情がわかりづらいのですが、やはり現代は救世主であっても生きづらい世の中なんですよ。まあそこら辺はどうでもよいのです。ストーリーに興味がある方はこちらのブログで。

d.hatena.ne.jp

 

私がびっくりしたのは、この小説で、まるでマフィアの一族みたいに描かれている正統派ユダヤ教徒の人たちが、アクロバティックに律法解釈をするために「境界線の知者」という人とその率いる組織を使っていることで、それはなんと、安息日にどうしても行かなくてはならないところに行くためにロープを張り巡らせる人たちだっていうのです。通常、厳格に戒律を守るのであれば、安息日には一歩も外には出られません。だけど今の時代、そうもいかないじゃありませんか。それで、この「境界線の知者」が便宜的に「ロープを張り回らせているエリアは室内」ってことに決めて、そこは行ってもいいってことになってるんだそうです。街はそんなロープが縦横無尽に張り巡らされ、また外され、彼ら以外は何がどうなっているかよくわかんない状態になってるんだそうです。

ありえない!

と思ってあきれて読んでいたら、解説に「歴史改変小説」とあったから、初めてこれが架空の世界だってことに気づき、「ロープ張る人」も架空の存在かと自分の愚かさを笑ったのでした。

 

ところが、

そうでもなかったのでした。

 

ロープは存在した!

私の好きなアメリカのTVドラマの一つに「グッドワイフ 彼女の評決」(公式サイトがありますが、このシーズン1の#7「安息日の罠」に「境界線のロープ」なるものが出てくるのです。

ドラマのあらすじは、こちらのブログで、

グッド・ワイフ #7「安息日の罠」 - シーサイド発

 

安息日に家の内と外を分ける「境界線のロープ」が切れてしまったのだけれども、安息日だから正統派ユダヤ教徒の被告は働けないし、そもそもロープが切れてしまっていては、そこまで行くことすらできなくて、放置していたら「たまたま」通りかかった通行人が引っかかって転び怪我をしたとして莫大な損害賠償請求を起こしたという事件の裁判です。

ドラマ自体おもしろいのですが、そんなことより、私にとっては「やっぱり、ロープは存在しとったんかい!」という驚きの方が大きかったのでした。

ユダヤ警官同盟ほど大げさではないようですが、やはり実際にも「屋内」を拡大解釈するためのロープを庭などに張ることがあるようで、張る専門の業者もいるようなのです。そして、検索をしていたら、このような情報を見つけました。

イスラエルダンスを踊る会 BBS

東日本大震災の際、宮城県南三陸町に救援活動で来たイスラエルの医療チームの話のようです。

金曜日の日没から土曜日の日没までは、労働が固く禁じられたユダヤ教の「安息日」だが、医療行為などの 「人命救助」は認められる。ただ、診察以外は物を動かすことも許されない。このため、1日の金曜日には、チームに同行するラビ(導師)が、プレハブ小屋の 周りをロープで囲んで、戒律に縛られないようにするための境界線を作り、小屋などで活動できるようにした。

 

 きゃー!やっぱりあったのね、ロープ。すごい!

なんて厳格なのでしょう。ユダヤ教は理解できんわ。というより、宗教だってなんだって自分の都合の良いように解釈してまるで別物に変えてしまうのが得意な日本人にとって、大昔に書かれた律法を是が非でも守ろうとする正統派ユダヤ教徒の考え方が理解できない。現代生活に合わなくなってるんだから、もっと柔軟に、簡略化するとかすればいいじゃないのと思ったのでした。

 

もし、日本がなくなってしまったら・・・

 

しかし、今回ユダヤ警官同盟の解説を読み返していたら、「ユダヤ人の境遇を理解するための思考実験」として、小松左京のSF「続日本沈没を例にとってあって、それには「うーん、そうかも。」とちょっと思ったのです。つまり、仮に日本が火山の大噴火とかで海に沈んでしまって、もはや誰も帰ることができなくなったとしたら、どうなるだろうかと考えたのでした。

日本人は世界中に散らばり、それぞれの国の文化や言語に馴染んで、もはや日本語もろくに喋れなくなり、漢字なんか難しいから年寄りと学者しか書けなくなって、お盆とか初詣とか、昔は当然だったはずの風習も消えてなくなり、子供たちは「一体なに人?」というような風貌になってしまったとき、「日本人」のアイデンティティーっていったい何なのでしょうか。国を失って消えてしまった民族はたくさんあります。日本人もそのようにあっけなく消えてしまうのでしょうか。

そう考えた時、「やっぱ、天皇制を持ち出す人たちが出てくるだろうな」と、ちょっと嫌な気がしました。「日本人って何?」と言った時、「天皇を崇拝する人たち。」みたいになって、そういう人たちだけが、昔ながらの面倒な風習を頑なに守って、「あー、日本人って、あの、神社に行って祈ってる人たちね。」なんて理解されるようになるに違いありません。その他の人たちは辿り着いた他の国に同化してしまって、自分が日本人だなんてことも考えなくなってしまうのです。なんて悲しい末路でしょう。そう考えると、ユダヤ民族が2000年以上も頑なに信仰を守り、律法を遵守して来た訳もわかるではありませんか。

 

そのようなことをつらつら考えていたら、そういえば『日本沈没』にそっくりな小説があったことを思い出しました。

あと、最近出たらしい、これも発見。

こっちはまだ読んでいませんが、「一時的に品切れ」だそうです。すごく売れているのでしょうね。

 

故郷に帰りたくても帰れない悲しさや、他国で馬鹿にされながら難民として生きていく辛さをちょっと想像しただけで胸が潰れそうになりますよね。

私は震災の後、「日本列島放棄」を読んで不安のどん底に突き落とされていた頃に、ちょうど菅さんが「原発全面廃止」と宣言したのでホッと胸をなでおろしたのに、昨日また再開してしまってガックリきました。やはりこうなるだろうと思っていたのです。

こうなったからには、大事故で日本人難民化までの覚悟をしておかなくてはならないと思います。もしそうなった時に、どれだけの人がユダヤ人ほどの強固なアイデンティティーを持って生き抜いていくことができるでしょうか。

私は無理。すぐに死んじゃいますねきっと。