記録帳

日常の体験と、読書、映画の感想を主に書きます。

映画DVD 「NO」

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ついつい中毒のようになって毎度借りてしまいます。

 

最近おもしろかったのは、「NO」

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あらすじ

1973年、チリで軍事クーデターを起こして政権を握ったピノチェト将軍の信任を問う国民投票が、15年後の1988年に行われます。軍事独裁政権下で行われた人権侵害に対する国際社会の強い非難に応じて渋々実施されたわけですが、政権側は当然さまざまな妨害をして自分に有利な結果を導こうとします。

反政権陣営(NO派)は、17の政党の寄り合い所帯。しかし、彼らに許されているTVの宣伝放送の枠は深夜のたった15分間。それに対して政権側(YES派)は1日中だってCMを垂れ流すことができます。

これは、国家の命運を賭けた国民投票のためのテレビCMをめぐる、「YES派」「NO派」の手に汗にぎる攻防を描いた映画なのです。

 

とっても詳しいブログもあるじゃない。

NO: 感想: 映画参道

日本に「レインボー政治」は出現するか(田中良紹) - 個人 - Yahoo!ニュース

 

NO派

 

最初NO派の作ったCMは、ピノチェト政権の行った人権弾圧を告発するものでした。「捕虜収容所」「拷問34690人」「政治犯処刑2110人」「行方不明1248人」「追放20万人」クーデター、デモの鎮圧、子供の死体、催涙ガス、警棒で殴られる若者・・・、恐ろしい映像が、ドキュメンタリーみたいに流れます。アドバイスを頼まれた、一流広告マンのレネは「これではダメだ。」と断言します。「人々に明るい未来を感じさせるものでなくては・・・」。

そして作った最初のCMは、チリを讃えるミュージカル風の朗らかな歌声に乗って踊るダンサーや子供たち、喜びにあふれた笑顔の人々・・・

カッコ良くて、ウイットに富んで、明るい象徴に満ちているのです。「みんな迷っているかもしれないけれど、勇気をだして投票すれば、チリはきっと良くなる」という強いメッセージを感じさせるものでした。だけどこのCMの良さは反対陣営の人たちにはわからない。みんな今まで筆舌に尽くしがたい悲惨な目にあってきたからです。レネの元奥さんにしたって、「何を喜べっていうの?政治的弾圧のある国で?」なんてけなすのです。

 

YES派

 

一方でYES派は余裕しゃくしゃく。「勝つことはわかっている。」「彼らは互いに足を引っ張り合って自滅する。」「深夜のCMなんて、だれも見ない」などとバカにしきっています。それで作ったCMは、ピノチェト将軍を賛美する子供の歌をバックに、まるで神のように崇められ、民衆に祝福を与える彼の姿。

なんと、軍事独裁政権というのはどこの国も、いつの時代も、似た光景を作るものだと感嘆させられます。私は、北朝鮮か!」と思いました。こんな映像を見て感心するのは、よほどおめでたい人だけでしょう。NHK「映像の20世紀」に出てきたヒトラースターリンも思い出しました。ちゃんと歴史を学んでいれば、これが、恐怖によって支配している指導者の映像だってことがすぐにわかります。

さらにまずいのは、ネガティブキャンペーンです。

「ピノチェト将軍は、民主主義を導入し、チリの経済的発展 を導いてきました。NO派は社会主義者たちです。もし彼らが政権を取れば、今までの成果は台無しになってしまうでしょう。昔の貧乏な生活に戻ってもいいのですか。」と、ローラー車でいろんなものをガーっと挽き潰す映像を見せるのです。

ラジオ、乳母車、幼い子供・・・(直前で止まるけど)。

YES派のその放送を見た時、レネはニヤリと笑います。「勝ったぜ」という顔です。

そしてYES派も会議を招集して対策を考えます。「我々の宣伝はお粗末だ!将軍の映像は控えよう。」と言うのですが、私は「あー、あれがダメだってわかるんだなあ、この人たちでも。」と思いました。

 

ネガティブキャンペーン

 

ネガティブキャンペーンは諸刃の剣と言われますよね。

人間の潜在意識というのは肯定否定の区別がつかないのです。だから、ローラーでガァーッと挽き潰しておいて、「ねっ、だからNO派ダメなの。」という論法はまずい。「~するな。」は「~しろ。」と区別がつかない。潜在意識では「ローラー、ガァーッ!⇒YES派」となってしまうのです。

実際、ピノチェト政権はそれに近いようなひどいことを散々やっているのですから、見た人はすぐさま、政権の負の側面を思い出すことになります。なのに、最後までYES派のネガティブキャンペーンは止みません。やりすぎて、品性の下劣さを露呈しています。

 

チリの歴史

 

NO派の宣伝マンたちが、陰に陽に、嫌がらせや脅しを受けながら頑張って、とうとうNO派の勝利が確定した時、やったー!と私たちも胸がすく思いがします。が、そこでカタルシスをおぼえて「よかった、よかった。」じゃこの映画を見た甲斐がありません。

公式サイトのHistryを見てみましょう。

チリ歴史的時間経過 | 映画『NO』

なんと、ピノチェト政権の是非を問う国民投票は、それ以前にも2度行われているではありませんか。しかも、2度とも賛成派が勝って、ピノチェト政権を是認、強化する結果となっていたのです。だから、3度目のこのNO派勝利がいかにすごいことだったかがわかるのです。

そして、この部分に注目

400人に上るCIAエキスパートがピノチェトを支援した。政権は、シカゴ大学出身のエコノミストたち(シカゴ・ボーイズ) の密接協力を得て過激な産業民営化政策を敷いた。

 ・・・アメリカかっ!

南米の社会主義化を恐れたアメリカが、社会主義政権をなんとしてでも打倒しようと画策し、軍事独裁政権を支援していたのです。自らの考えるところの民主主義を押し付けるのと引き換えに・・・。

映画の中でアメリカの文化人たち(ジェーン・フォンダクリストファー・リーブスなど有名人)が、NO派CMに出演し、

「勇気を出してNOと言って。私たちはあなた方を見守っているから。」

などとコメントするのは見方を変えれば、笑止千万。一方で弾圧し、経済の奴隷にしといて、もう一方で、「独裁政権に立ち向かおう」と言っているのです。そもそも、社会主義政権が成立した背景には、植民地化による不平等や搾取の問題があったせいなのです。自分たちで火をつけといて大火になってしまったからって後であわてて消火に務めるというのは、イラクの混迷や、アフガニスタンの混迷や、ISによる中東の混迷を見ればわかるように、ほんっと変わらない光景です。そしてピノチェトが退陣したからと言ってもその後遺症はひどく、チリの混乱はさらに続くのです。

 

だけど、思い出しました。2010年の鉱山落盤事故。あの長い長い救出劇の間、チリの人々は一致団結して生存者の救出に力を尽くしたではありませんか。それはきっと、この時の勝利の記憶があったからこそに違いありません。勇気を持って皆で力を合わせれば、どんな困難でも乗り越えることができ、不可能を可能にすることができるということを、この選挙でチリの人々は学んだのだと思います。それは、チリの人たちにとっては貴重な経験であったはずだと私は思います。